タイトル 地底旅団ROVER元老院第283回CAVING
サブタイトル イエティと遊ぼう2013 at 岩泉町・桃の木洞
分 類 合同・ファンケイビング
入洞洞穴 桃の木洞
日 程 2013年7月14日(土)〜15日(日)
参加者 家崎、菊地敏雄、松本力、山口真也(以上、東山ケイビングクラブ)、小向益男(日本洞穴学研究所) 以上5名
岩手の洞窟が大好きになってしまったイエティこと家崎が、GWの龍泉洞活動で夏に岩手に行きたいと駄々をこねたため、寛大な東山ケイビングクラブの面々が合宿をセッティングしてくださった。
「桃の木洞」は岩手県下伊那郡岩泉町安家地区に位置する総延長1820m+の横穴。洞口位置は川から高いが、少しずつ下に降りていくので水没しやすく、水の引いている時期でないと奥まで行けない洞窟である。
地底旅団ROVER元老院としては、2003年に亀戸ケイビングクラブ・東山ケイビングクラブと共に訪れたものの、洞口が見つからず敗退。リベンジもこめて行ってまいりました。


13日20:00、菊地・松本・山口が尼額公民館に集合。

24:00、家崎合流。東山ケイビングクラブ勢が昼間釣った大漁のカレイをつまみに宴会。


14日9:00、起床。カレイの焼魚にカレイ味噌汁、そして漬物という日本のまじめな朝食を味わう。

10:00、龍泉洞事務所にご挨拶。小向合流。顔合わせの歓談。

11:00、各車にて移動。

11:30、氷渡交流施設バンガローに到着。
昼食を食べながらSRT訓練。5月ぶりに行う家崎、初めて行う小向に、松本・山口から指導が入る。小向は初めてながらもすいすいと覚えてしまう。

14:30、折角なので「氷渡洞」の洞口を見学する。
「氷渡洞」は「氷渡探検洞」として岩泉町が自然のまま保存しながら公開する方法をとっていたが、2010年10月末日に閉洞された。地底旅団ROVER元老院・東山ケイビングクラブとしても閉洞の際に施設の撤去に協力している。
また、バンガローから歩いて行ける範囲に「氷渡洞」と連結している−35mの竪穴「坪沢穴」もあるそうだが、現在は洞口が柵に囲われているらしい。

15:00、龍泉洞温泉ホテルにて入浴。その後に買い出し。

17:00、焼肉(山口持参の短角牛を含む)、大漁のカレイ、小向持参の貴重な龍泉洞ワイン(松本が希望したために苦労して調達したらしい。ものすごく飲みやすく美味しかった。)で大宴会。カレイ料理対決では煮付け、ムニエル、唐揚げのなか、煮付け(山口)が圧倒的支持を得、唐揚げ(家崎)、そしてムニエルの順となった。

28:00、最後まで残った家崎・菊地が消灯。
尼額公民館 氷渡交流施設バンガロー 尼額公民館
カレイ、カレイ、カレイ、、、 SRT訓練 1番人気のカレイの煮付け


15日8:00、起床。まじめな朝食をしてから公民館の片付け。

9:00、龍泉洞事務所にご挨拶。

10:00、各車にて移動。

11:00、「桃の木洞」付近に到着。
準備後、徒歩10分程度で洞口を確認。その後、若干探したもののすんなりと洞口までたどり着く。

11:30、洞口到着。洞口は高さ10m、幅7m程の広がりがあり、冬期は大小の氷筍がひしめいているそうだが、当然今は跡形もない。

12:00、入洞開始。大きく開けた洞口から少し入るとすぐ、頭上にコキクガシラの大コロニーが見られた。100頭以上はあろうか。プレートがついた個体もいる。幼体も確認されたため、静かに、そして足早に洞奥へ向かう。「桃の木洞」は繁殖洞としても確認されているそうである。
なだらかに下りながら、やや左手に沿って進んでいく。松本・山口は久しぶりの横穴だそうだ。非常に歩きやすい。
徐々に幅が狭まるなか、通路は二手に分かれる。右方向は次第に狭くなり、腹ばいになって進んでいって閉塞。左方向はすぐ3m程落ち込み、そこにコウモリ学者の故 向山先生の名刺の付いた梯子が設置されていた。
その後はかがみながら下って行き、砂の斜面を滑り降りる。この砂に覆われたなだらかな斜面はサンドスキー場と呼ばれており、第3まである。「第2サンドスキー場」の先は水量が多いと水没するらしく、松本が以前来た際は進めなかったらしい。
今回は無事に「第2サンドスキー場」を抜け、ホールに辿りつく。昭和14年から40年頃までの落書きが壁を覆う。過去の探検者たちも水に行く手を奪われたのであろう。地名や名前が書かれているが、遠方では米沢市から来訪しているものも。
菊地・小向は確認作業で洞口方面へ戻り、他の3人は奥へ進んでいく。奥は岩でふさがっており、やや右寄りにねじるように上に体をくぐらせて上層へ抜けると、高さ10m程の広がりがある大きなホールに出た。正面上部に鍾乳石がそびえる様は圧巻。ホール隅の石柱に木彫りの札が下げてあり、「雪泥殿」と彫られている。
石柱を巻きながら右沿いに登っていくと、上層と下層の2手に分かれる。上層のルートは生成物が発達したホールが続く。ちょうど立って歩ける程の高さで、鑑賞・感嘆しながら進む。水流で流されたのか、等身大の石柱がなぎ倒されて転がっており、頭上はストローで覆われている。確認できなかったが、結晶状の生成物もあるそうだ。
最期は狭く閉塞。そこはコウモリの墓場と呼ばれており、水没したコウモリの亡骸と3体出会う。時間が迫ってきたので、下層ルートは行かずに急いで戻る。

15:45、合流。洞口で親指サイズの土器片を2つ確認。観察後、そのまま洞口に残す。

16:00、車に戻り着替えを済ます。小向・菊地と解散。

17:00、龍泉洞温泉ホテルにて入浴。その後に盛岡市へ向かう 。

20:00、盛岡市内「白龍(パイロン)」にてじゃじゃ麺を食す。JR盛岡駅にて解散。
桃の木洞・洞口 桃の木洞・洞口 桃の木洞
洞口へのアプローチ 大きな洞口 分岐点
桃の木洞・第2サンドスキー場 桃の木洞 桃の木洞・雪泥殿
第2サンドスキー場 最も古い落書きは昭和拾四年 等身大の石筍


水没が危惧されていたが、全体を通して水気はなかった。今回は時間切れで最奥まで行くことはできなかったが、雪泥殿奥の下層ルートが最奥まで続いているそうである。菊地さんが以前4人で行かれた際には、2人しか辿り着くことができなかったという。
また、渇水期には地獄の地下道と呼ばれる、地獄のように狭い、危ない、冷たい、長い支洞があるそうである。是非リベンジも行いたい。
なお、洞口には土器片が見られたが、「桃の木洞」は縄文時代の洞窟遺跡としても県に確認されており、一部破壊が見られるものの、出土した縄文土器は岩泉町民会館に保管されているそうである。(文責 家崎晶)

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