タイトル 地底旅団ROVER元老院第282回CAVING
サブタイトル 河内風穴と連結すれば国内総延長第1位! at いなべ市・篠立の風穴
分 類 合同・ファンケイビング
入洞洞穴 篠立の風穴(風洞、風穴)
日 程 2013年6月22日(土)〜23日(日)
参加者 千葉の、脇海道、本田、野池耕平(東京スペレオクラブ)、須佐見吉生(洞窟科学調査会)、毛受伸一(Com-pass Caving Unit)、木村光男(秀真の会 森の学校) 以上7名
白石工業桑名工場跡 三重県いなべ市の白石工業桑名工場跡に開口する「篠立の風穴」は、滋賀県多賀町「河内風穴」につながっているという民間伝承が残る横穴石灰洞である。
三重県指定天然記念物になっているこの洞穴は、少なくとも江戸時代から知られており、洞内には江戸時代の入洞記録があり、また明治20(1887)年の三重古事記稿には「風洞」として紹介されている。
2009年より年1回(5月連休中の遊学祭)の一般公開がされるようになったが、このたび地元ボランティア団体の木村光男様より巡検のお誘いを頂いた。
今回の活動では地元の方々との交流を図るとともに、大切に管理されているこの洞穴の巡検をさせて頂くことにした。


22日21:40、JR国立駅にて千葉・脇海道・野池合流。野池車で出発、中央自動車道にて三重を目指す。
脇海道はMT免許有にも関わらず、ペーパードライバーのために運転許可が降りず。途中、あまりの眠さに運転手の野池は記憶をなくす。

27:40、無事に名神自動車道・養老SA到着。そのまま仮眠する。


23日7:00、起床。養老SA内のカフェ・ド・クリエにておしゃれに朝食。

8:00、千葉の運転にて出発。
おしゃべりに夢中になり、下車するはずであった関ヶ原IC見過ごす。何故か脇海道が罵倒され、ナビの音量が小さいと悪態をつきながら、北陸自動車道・米原ICでUターン。爆走して関ヶ原ICへ戻る。
関ヶ原ICで降りたものの、今度はガス欠の危機。ここでもタイムロスである。間に合うのか?

9:00、爆走に爆走を重ねて集合時間ピッタリに「喫茶・軽食 山びこ」に到着。駐車場で本田・須佐見・毛受と合流。
喫茶店に入店し、今回お誘いを頂いた木村氏と店舗オーナーであり立田地区委員長の高橋賢次氏にご挨拶。手土産と報告書数冊を手渡す。
高橋さんからは「篠立の風穴」や地域の概要を伺う。地元の要望により伊能忠敬も立ち寄ったことのある由緒ある洞穴とのこと。
喫茶・軽食 山びこ 喫茶・軽食 山びこ 白石工業桑名工場
高橋氏に風穴の説明をしていただく 喫茶・軽食 山びこ 白石工業桑名工場跡

9:45、「喫茶・軽食 山びこ」出発。現地までは車で5分程度。
「白石工業桑名工場」跡付近に車を止めて準備開始。その手前には名水「水源地湧水」があり、地元の方たちがポリタンクを持って採水していた。
この白石工場は1921(大正10)年〜1969(昭和44)年まで、石灰石を採掘して炭酸カルシウム関連の工業製品を作っていた工場とのこと。パイオニア的な工場であったらしい。現在は崩壊が進んでおり、半分ほどは解体されているものの、物凄い迫力であり男心をくすぐるナイスな廃工場だ。もちろん立入禁止である。

10:00、準備を終えて出発。小橋を渡り、三谷川を少し歩くと、左岸に施錠された洞口があった。
付近を撮影した後に入洞開始。洞内は横穴で、基本的には2層構造。途中に支洞入口らしきものがあったが、コンクリートで完全にふさがれていた。木村氏によるとかなり前にふさがれたものらしい。
洞壁にはかなりの数の入洞記録とおぼしき落書きがある。千葉は興味深く観察、文化2(1805)年、文政元(1818)年、天保9(1838)年、弘化3(1846)年、弘化4(1847)年、明治年間という文字を読み取ることができた。これらを書いた人々は懐中電灯も無い時代、蝋燭や松明を片手にケイビングを行ったのであろう。
そのほかの興味深い点としては、近年洞床に砂利が大量に堆積したらしく、まるで採石場の作業道のように砂利が敷き詰められていた点である。これらの砂利は角が全く取れておらず、どうやら流水によるものでは無さそうだ。今回の活動ではその原因を探ることはできなかった。
一通り入れるところは探索してから出洞。残念ながら「河内風穴」との接続部は見つけることはできなかった。
三谷川 三谷川 三谷川
洞口付近にある説明板 洞口前の砂防ダム ダムの迫力にうっとり
篠立の風穴・洞口 篠立の風穴・洞口 篠立の風穴
洞口 洞内からの洞口 洞奥は砂利が堆積
篠立の風穴 篠立の風穴 篠立の風穴
最奥部からの帰還(野池氏撮影) 野池先生による割れ目の説明 いたるところにある落書き(野池氏撮影)
篠立の風穴 篠立の風穴 篠立の風穴
文化2(1805)年 文政元(1818)年 天保9(1838)年
篠立の風穴 篠立の風穴 篠立の風穴
弘化3(1846)年 弘化4(1847)年 明治年間


12:40、出洞。そのまま千葉・本田・脇海道で対岸斜面にある水穴を探索。

13:15、駐車場へ到着。撤収準備開始。いつのまにかいなくなっていた千葉は恒例の花壇用石灰岩探しへ。中々大きな石灰岩を見つけだし、野池車へ無理矢理のせる。

13:30、「喫茶・軽食 山びこ」へ戻り、焼きソバごはん(800円)を食べながら、高橋氏へ活動報告。

14:40、お礼の挨拶をして出発。そのまま全員で「藤原岳自然科学館」へ向かう。本田・脇海道は道に迷って町内を右往左往。

15:10、「藤原岳自然科学館」到着。館内で新旧のビデオ映像を鑑賞。旧の内容は1976年の洞穴調査の様子を記録したものであった。現在と異なり砂利は堆積しておらず、洞内の水流も段違いに多い。30年での洞内環境の変化に驚いた。帰りに科学館に所蔵されている洞穴資料のコピーをとらせていただいた。

16:30、簡単な振り返りを行い、ここで車ごとに解散となる。

18:10、野池車は中央自動車道・駒ヶ岳SAで夕食。全員で名物「ソースカツ丼」を食べる。

22:40、JR国立駅到着。解散。
藤原岳自然科学館 藤原岳自然科学館 藤原岳自然科学館
館内にも洞穴が! 洞内には二次生成物やパネルが展示 ビデオ鑑賞

今回の活動では、普段入洞することの出来ない貴重な洞穴を満喫のすることができた。また、地元の方々のお話からどれだけこの洞穴が大切にされているのかを感じることができた。
洞穴探検は暗がりを探検するスポーツというだけではなく、地域の文化との繋がりと歴史を直に感じることができるという面白さを改めて認識させられた。(文責 脇海道卓)


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