タイトル 地底旅団ROVER元老院第211回CAVING
サブタイトル 奥多野かんな姫計劃・第16次神流町旧万場地区洞穴調査
分 類 合同・調査ケイビング
入洞洞穴 下穴(仙人窟・蛇窟)
日 程 2008年5月24日(土)〜25日(日)
参加者 村野て、千葉の、名眞大気(早稲田大学探検部OB) 以上3名
坂丸林道 2000年から発動した奥多野地域調査「奥多野かんな姫計劃」。2005年6月に「奥多野かんな姫計劃報告書1 群馬県多野郡神流町立処山洞穴地域調査報告」を発行、第1章立処山地域を終えることができた。引き続き第2章を開始、対象地域は旧万場町地区、叶山麓、持倉地区など神流町残地域、及び旧鬼石町地区となる。
本活動は、明治年間の皇国地誌にも記載されている旧万場町生利地区の「下穴」の測量第2弾を目的として企画された。


24日24:30、奥多野地権者宅に到着。地権者一家は不在であることを事前連絡で受けていたため、挨拶もなく山荘に上がりこむ。許可を取っているとはいえ、他人の家に勝手に上がりこむ我々は一体、何者だろう・・・(笑)。
ふと卓の上に目をやると、地権者娘のウェルカムメッセージが置かれており、こんなところまでご配慮をいただけるとは感激の限りである。この感激に浸りながら、酒盛りを開始。

25:30、消灯。


25日7:00、起床。天気予報では午前中「雨」となっていたが、とりあえず曇っている。何とか1日降らずにもってくれればいいのだが。

8:30、地権者宅を出発。

9:00、坂丸林道の千ノ沢にかかる橋に到着する。小雨のぱらつく中を準備し、出発。

9:30、「下穴」に到着。

10:00、「下穴」の測量を開始。体制はスケッチ・千葉、コンパス・名眞、メジャー・村野。途中で昼食時間をとりながら、主洞部の測量を完結させる。その後、千葉が主洞部途中にある直径約2mの煙突竪穴にアタック。落石を発生させながら、+13mの天井部に到着した。天井部付近には斜め上方に延びる通路があったが、礫が詰まっていて入洞不能であった。また竪穴の中段に、「下穴」には珍しく、つらら石やフローストーンで飾られた小さな窪みを発見。その形状から「神棚」と命名した。この竪穴の測量を終えた後、今度は村野が竪穴にアタック。やっぱり竪穴の持つ独特の雰囲気におびえながらも、無事に「神棚」参拝を済ませた。それにしても、なぜここだけこんな大きな煙突竪穴ができたのか・・・ちょっと不思議である。
最後に、前回活動時に千葉が確認した新支洞を測量。せいぜい20m程度かと思っていたら、意外にも狭い通路が結構な長さで続いており、途中でタイムアップ。

18:00、出洞、撤収。空はすっかり晴れていた。

19:00、現地出発。

19:30、秩父市内の秘湯?「かおる鉱泉」に到着。ここは以前から気になっていたところなのだが、村野が「日帰り入浴ができる」との噂を聞きつけ、思い切って立ち寄ってみたのであった。玄関に出てきた若女将に確認すると、やはり入浴可とのこと。無事に温泉にありつくことができた。昭和の香りたっぷりのローカルな小旅館で、浴室もこぢんまりとしているが、浴槽に「源泉」という蛇口があって、ひねると硫黄の香りが浴室中に広がって何とも楽しい気分になった。地元では「たまご水」と呼ばれているらしい。名眞君は何を血迷ったか、あるいは硫化水素にやられたのか、そばにあった鉢植えと一緒に入浴していた。不思議な人物である。

20:30、「かおる鉱泉」を出発。

21:00、秩父市内のすかいらーくにて夕食、解散となった。


今回の活動では、「下穴」の測量を完結することができなかったが、全体の形状をほぼ把握することができた。次回で終わらせることができるだろう。また毎回気になることは、この洞穴内部が、その規模の割りに非常に寒いことである。例の煙突竪穴からのチムニー効果の影響も考えられるが、どうもそれだけではないような気もする。今後、洞内気象を観測することで、興味深い結果が得られそうな洞穴である。(文責 村野哲雄)
下穴 下穴 下穴
笑顔の測量風景 実際にはこんな暗い感じでの測量です 下穴では珍しいフローストーン

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