タイトル 地底旅団ROVER元老院第147回CAVING
サブタイトル 第50次内間木洞調査委員会プロジェクト at 山形村・内間木洞
分 類 合同・調査ケイビング
入洞洞穴 内間木洞、レザーケイブ
日 程 2005年2月10日(木)〜13日(日)
参加者 千葉、黒田、村野て、鈴木、菊地敏雄(東山ケイビングクラブ)、松澤亮、石川典彦(以上、東京スペレオクラブ)、塚本有記(ケイビングクラブ蜘蛛の糸)、中野亜由美(山口ケイビングクラブ)、山口真也(明治大学地底研究部OB)、イセーンコ・イエフゲーニ(モスクワ物理工学大学バッリエルケイビングクラブOB)、星野亜沙子(無所属) 以上12名
内間木洞前管理棟1995年から「東山ケイビングクラブ」を中心に行われている内間木洞調査委員会プロジェクト、今活動日程は2月11日(金)〜13日(日)である。
「レザーケイブ」の再測量と氷筍祭りに伴うファンケイビングを目的として企画された。


10日20:00、帝都組第1陣(千葉・黒田・村野・鈴木・星野)が東京を出発する。車両は初内間木車となる千葉愛機の黒サファリ改。5年で4台目の内間木投入である。
遅れて第2陣(松澤・石川・中野)が茨城を出発する。


11日5:00、菅生PAで松本力氏@東山CCから差し入れを受領しつつ滝沢ICに到着。−6℃・・・寒すぎる。千葉は眠気と胃痛に苦しみながら、一路雪道を山形村へ向かう。途中、黒田に数回叩かれ覚醒。危なかった。

8:00、山形村内でプロパンガスを借り受け、地主:内間木さんに挨拶後に「内間木洞」へ到着する。すると、前回に続き、またもや見慣れぬ建造物があった。囲炉裏場付近にあり、用途不明である。宿舎は今回から使用させてもらう新築の管理棟。なんと炊事場、トイレ、囲炉裏まである。これを見てはもう旧宿舎であるプレハブ小屋には住めない。プレハブ小屋から管理棟へ、生活装備や測量道具などを移動して準備を整える。旧宿舎の天井は落ち、崩壊寸前である。今までありがとう。

11:00、ブリーフィング後にラダーセット班、ファンケイビング班、食料班の3班体制で活動開始する。
ラダーセット班は村野・鈴木。弱った千葉に「風寒洞・押しの一手」まで案内してもらい、そこから「死の谷」前後に3本のラダーをセットする。事前に千葉よりナチュラルアンカーを教えてもらっていたため、順調にセットしていった。2つ目のラダーをセットしたところで昼食を食べ、3つ目のラダーセットポイントに向かう。しかし、チムニーの方が楽なのではという2人の考えに、とりあえず帰路にセットすることにして洞奥に向かう。あとで千葉から聞くところによると、秋田大だか弘前大が顎を折ったらしい。
「宴会ホール」や「あきらめのホール」を楽しんだ後、出洞開始する。3つ目のラダーを鈴木がセットするが、うまい具合にアンカーが見つからずに苦労する。セット完了後実際に昇降してみるが、動きづらいため不評。それ以上のアンカーが見つからないため,そのままにすることにした。

16:00、「風寒洞」より出洞。時間があるため「新川洞」ファンケイビングする。特に特徴的な物は無いが、洞奥まで行きプールを見て出洞した。氷筍祭りも行われていたが、出洞時間に人はすでになし。



食糧班は千葉・黒田・松澤。ようするに「内間木洞はお腹いっぱい」メンバーである。久慈駅で露西亜人Dr.ゼニャ(通称)と合流。そのまま市内のスーパーで買い出しを行うが、目当てのホタテやホヤなどの海産物はなく落胆する。しけで漁に出なかったのか?回転寿司昼食をとって宿舎に戻った。

18:00、夕食準備後に新山根温泉「べっぴんの湯」で入泉。麻婆丼と即席キムチの夕食後に大測図を見ながら洞内説明を行う。

20:30、菊地・塚本が合流。改めて、簡単なブリーフィングを行い就寝。
内間木洞前 内間木洞・千畳敷 レザーケイブ・洞口
洞口アプローチは20秒も増えた 少ないが発達は良い氷筍(山口撮影) 埋没していなかったレザーケイブ

12日7:30、起床。朝食(昨夜から仕込んだ豚汁)。

8:30、測量班・ファンケイビング班の2班体制で活動開始する。
測量班は千葉・黒田。昨年5月に行った「レザーケイブ」測量だが、洞口側スケッチ担当者が提出放棄したため、再測量することになった。通常は徒歩10分のアプローチであるが、氷点下のラッセル行軍、なかなか先へ進まない。「雪で埋没してますように」と願いつつ、そして息を切らしながら40分後に到着すると、無情にも明確に開口していた。測量せざるを得ない。暖を取るために一刻も早く洞内へと飛び込むが、そこには氷筍が乱立していた。そういえば、煙突効果により洞口付近は寒いのであった。
スケッチ黒田・コンパス&メジャー千葉の体制で開始。順調に進むが、あまりの寒さに耐えられず、洞内昼食を宿舎へ変更する。千葉は悪寒と頭痛と胃痛に苦しむ。
休憩後、再び洞口へ向かう。複雑にループする箇所を測量していると、天井高0.3mの通路を確認する。前回の測量基線データにはあった記憶がない。案の定、その奧は約30mの新洞であった。洞内状態から、地獄沢がオーバーフローしたときにのみ流入すると推測される。この発見のためにノルマが達成できないままタイムアップとなった。

ファンケイビング班は菊地・村野・鈴木・石川・塚本・山口・中野・星野・ゼニャの9名。最初は「風寒洞」へ向かう。ガイドは昨日ラダーをセットした村野・鈴木である。
狭洞「押しの一手」ではゼニャが苦労しながらも通過。一同拍手。「宴会ホール」まで辿り着き、昨日見ることができなかった「宴会ホール上層」の方解石の結晶やヘリクタイトを見学。
その後「竜宮の館」へ行き、白色のフローストーンを見る。

13:00、昼食のため出洞。「レザーケイブ」測量班はあまりの寒さに戻ってきて暖をとっていた。千葉はいつもの勢いが無くダウン。

14:00、再び入洞。今度は山口・中野・星野をガイドに「稲妻洞」へ行く。本来なら「魔のチムニーbQ」を降りるはずが、水が無いためショートカットしていることに気付かず、予定より大幅に早く「第3ヘアピン」に辿り着く。途中「ボンボリ流し」でムーンミルクを見学して、一同「銀河の滝」を目指す。「銀河の滝」では強力なライトで滝の落ち口を照らすとその大きさがよく分かった。さらにその上層はとても高く、下から見ているだけでも恐ろしかった。

15:30、出洞開始。往路で行けなかった「魔のチムニーbQ」に挑戦する。下から見ると怖くないのだが、実際に上に登ってみるとかなりの高度感があり、女性陣はかなり緊張していた。半面、ゼニャは長いリーチを活かしてすいすい進んでいた。「黄金の滝」の見学後、「煙突チムニー」での菊地さんの10秒を切る通過に皆驚く。

16:30、「稲妻ジャンクション」で2班に分かれる事件が起きる。原因は一人一人が自分の来たルートをしっかり把握せずに、先頭の人に頼って進んでいたために起こった。今後の反省である。

17:30、出洞。「レザーケイブ」測量班を迎えに行くが途中で合流。千葉は不自然なテンションで星野を倒し、宿舎に向かっていった。その後、「レザーケイブ」洞口を見て活動終了。
夕食準備、入泉。夕食はキーマカレーとフルーツヨーグルト。千葉はダウンしていて夕食を口にすることができなかった。松澤さんも里人に振る舞われた豆腐田楽のにんにく味噌にあたったのか寝込んでいた。

22:00、ブリーフィング後、山口・ゼニャ・鈴木は「千畳敷」の氷筍や「大広間」周辺を撮影。ゼニャは写真センスあり。

24:00、横になっていた千葉だったが、力を振り絞ってパソコン向っていた。「レザーケイブ」と、これまで接続ベンツマークが確定できなかった3支洞をデータ入力。そして再び力尽きる。

26:30、就寝。
風寒洞・宴会ホール 内間木洞・千畳敷 新宿舎:管理棟
風寒洞ファンケイビング(ゼニャ撮影) 2mの氷筍(ゼニャ撮影) データ入力作業(ゼニャ撮影)

13日7:00、起床。速やかに朝食。弱った千葉の指示のもと撤収を開始する。

9:30、千葉・黒田は駆け足で氷筍見学を行う。千葉はノジュールに頭をぶつけ額を切る。観光部もヘルメットが必要だと言うことを忘れていたらしい(数年前に菊地さんも裂傷)。

10:00、撤収完了。現地で「龍泉洞」見学組である菊地・塚本・ゼニャと別れ、関東組と山口は盛岡市内で冷麺を食し東京を目指す。

21:00、東京着。


「内間木洞」初経験者も多く、ファンケイビング中心でとても楽しかった。また、報告書でしか知ることのできなかった場所を肌で感じることができ、さらに「レザーケイブ」では新支洞を見つることができた。「内間木洞」を中心とする洞穴群はこれからも大きくなっていくのでは思った。
また、今回は千葉がサブリーダー、食当を黒田、環境担当を村野と、地R元大活躍であった。
次回は5月連休、地上測量や竪穴測量の予定である。(文責 鈴木達朗)


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