タイトル 地底旅団ROVER元老院第143回CAVING
サブタイトル 第6次岩手県東山町猊鼻溪内崩落岩石・浮石・倒木現状確認調査
分 類 合同・調査ケイビング
入洞洞穴 大飛泉
日 程 2004年12月29日(水)〜31日(金)
参加者 千葉、菊地敏雄(東山ケイビングクラブ)、宮崎朋彦、湊幸栄、小池純、山西敏光、落合直之(以上、東京スペレオクラブ)、槙島啓子(明治大学地底研究部OG) 以上8名
猊鼻渓・大飛泉付近猊鼻渓は1925年国史蹟名勝天然記念物指定、峡谷美と船頭の唄う「げいび追分」を楽しむことのできる、岩手県を代表する一大観光地である。絶壁を形成している石灰岩は、雨水による浸食、岩の隙間に入った雨水凍結による膨脹、紫外線などの影響を受けて脆くなっており、時折、溪内では自然崩落が起こっている。
2002年7月の台風6号、2003年7月の宮城地震(震度6)の影響としては、岩壁の一部分が自然崩落するなどの自然災害に見舞われ、職員の多大な復旧活動によって復元作業が行われた。しかし、職員の作業が出来ない絶壁には崩落岩石や倒木が残され現在に至っており、観光航路の真上にある崩落岩や倒木が何時でも自然落下する危険性がある。観光客の安全を考え、航路から見えない部分を含んだ猊鼻溪内の崩落岩・倒木の状況を確認、対処方法の検討を目的として、げいび観光センター有限会社の調査依頼されていた。
2004年6月から活動開始、菊地敏雄、湊幸栄、小池純を中心に環境整備が行われた。第5次では並行活動として「大飛泉」アプローチに成功、初入洞を果たした。
今回は新洞「大飛泉」測量を中心に企画された。


29日24:00、千葉は単独雪道運転にて「ひがしやま観光ホテル」に到着、先発隊に合流する。皆はすでに泥酔しており、唯一覚醒してくれた小池さんと晩酌。

25:00、消灯。


30日9:00、活動開始。体制は測量&撮影班が千葉・山西・槇島、船頭長案内班が湊・落合・宮崎、洞外保全作業班が菊地・小池。気温は低いが、幸いなことに好天である。
測量&撮影班は、第1陣として舟下りで現地へ向かう。初めて見る猊鼻渓は、雪化粧によって水墨画のようで幻想的である。川底は浅く、船頭曰く定期的に川砂を搬出しているとのこと。
景色に見とれていると、左岸に「毘沙門窟」、右岸に「小飛泉」が現れた。前者はコウモリ棲息洞、後者は約20年前にアタック成功した岩壁に開口する総延長91.3m横穴である。
程なく「大飛泉」付近に到着、川岸に舟を寄せてもらう。スタティックロープは前日に張ってあり、急斜面25m+垂直20m+テンショントラバース5mである。
1stは誰かな?と見渡すと、槇島嬢は装備装着中、山西さんはビデオカメラを回し始めていた。しぶしぶ千葉は洞口アプローチを開始する。するとロープは氷で約3倍に膨らんでおり、ハンドルアッセンダーの上へカラビナを付け、氷を削りながら進むことになる。それでも時々カムが引っかからず落下、怖いことこの上ない。
さらに川面から比高30mの洞外登攀は高所恐怖症の千葉にとっては耐え難く、反転しないようにハンドルアッセンダーを調整しながら岩壁だけを見つめて登る。すると、そんな様子を面白がり、山西さんが下からロープをまわして身体を反転させる。絶句である。
千葉、山西、槇島の順に洞口へ取り付き、一服。洞口から見る雪景色は格別であった。

10:30、スケッチ千葉、コンパス&カメラ山西、メジャー&モデル槇島の体制で測量を開始する。
洞奧からの水流は洞口から流出、この様が名称由来となっている。洞内は北方向へほぼ直線で延びており、洞床には段差0.1m未満のリムストーンプールが連続している。
洞口から約10m進むと、洞内気温が10度前後となって様子が一変する。阿哲台、沖永良部島、沖縄でしか見られないようなリムストーンプールが現れ、スケッチしながらも東日本で見られることに感激である。ケイブパールも3ヶ確認された。
更に約20m進むと水深約1mとなっており、ここで一旦中断して昼食を取る。

14:00、測量再開。水浴び通過すると再びリムストーンプールが連続、明確な垂直条痕も確認される。通路は北方向への泥床通路、北東方向への水流狭洞と分岐しており、後者からは気流の流れも顕著であったが、未探検・未測量のままタイムアップとなった。
また、主通路上部にも空間が視認されたが、これは要人工登攀なため、やはり未探検・未測量である。総延長88.7m+α、高低差14.7m+α。

10:00、船頭長案内班は、名乗り出てくれた船頭長小原氏の洞内案内である。若手船頭が拒否するなか、さすがお頭というかその挑戦心は見事である。当初はビレイ付きでラダー登攀して貰う予定であったが、やはりステップが凍結していたため、Zリグで引き上げることになった。
その後、測量&撮影班と合流、みなで船頭頭を洞内案内する。洞穴形状やテングコウモリなどの説明を行ってから、出洞となった。

10:00、洞外保全作業班は、倒木・崩落石除去作業を行う。その後、菊地さんが「大飛泉」入洞、一通り見たあと出洞となった。

16:30、順々に出洞すると、部分的にディッセンダーが効かない。早くも再凍結し始めているらしい。またもや恐怖におののきながらの撤退となった。

18:00、デリギングは立候補してくれた宮崎君が岩壁上部まで行い、活動終了となった。

20:00、宴会開始、震度3の地震、帰省中鈴木嬢とご挨拶、消灯。明日は大寒波襲来とのことである。
大飛泉・洞口 大飛泉・洞口 大飛泉・リムプール
大飛泉洞口(中央黄色は登攀者) 洞内から洞口を見る 水深0.1〜0.3mのリムプール
大飛泉・リムストーン 大飛泉・ケイブパール 大飛泉・プール
東日本唯一規模?のリムストーン ケイブパール 水風呂に浸かる菊地パパ

31日9:30、猊鼻渓出発、県内住田町洞穴関係者への年末挨拶へ向かう。気仙沼で正月用海産物購入後に挨拶、完了となる。

12:30、住田町出発、前沢市内で遅めの昼食「前沢牛」を食べ、一路東京へ向かう。雪がちらちら降り始めてきた。

16:00、東北自動車道・仙台宮城で大雪通行止めとなり降ろされてしまう。結局残り400qを下道で帰ることになる。

29:00、帰宅となった。


往路は単独12時間運転、帰路は単独20時間運転と終始寒波にやられた活動ではあったが、非常に有意義な活動であった。数十年後に舟下りをしながら、「あの時はあんな所へ入ったんだなぁ」としみじみ眺めてみたいものである。(文責 千葉伸幸)
展開縦断面図(トレース前)

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