タイトル 地底旅団ROVER元老院第128回CAVING
サブタイトル 奥多野かんな姫計劃・第21次神流町立処山洞穴調査
分 類 調査ケイビング
入洞洞穴 立処鍾乳洞(立処山の鍾乳洞、立処鍾乳洞第1洞、立処山第1洞、井戸穴、田戸呂山鐘乳穴、大黒洞、水穴)
日 程 2004年6月13日(日)
参加者 千葉、村野て、黒田 以上3名
「奥多野かんな姫計劃」の一環として企画された。
立処山は1980年に「明治大学地底研究部」によって洞穴探査及び測量がなされているが、地主の話によると未報告の洞穴が多数あるようなので洞穴探査・測量を行うこととし、大部分の測量は終了した。
今回はパイオニアケイビングクラブが1991年に確認した「立処山南腹の穴」の確認及び測量、「立処鍾乳洞」の洞内気象測定を目的として企画された。


13日7:00、東京発。約1年ぶりに開通した志賀坂峠を越えて神流町入りする。途中、二子山林道に入り、叶山の南側に回りこむ。叶後集落跡地あたりまで来ると、叶山鉱山が目の前に開けてきた。
いつもは北側から見上げる叶山の威容も、ここから見ると単なる平地のようになってしまう。丸岩や牢口も眼下に見え、なかなかの絶景である。天気も晴れて爽快。このすばらしい光景を是非ともカメラに収めたい・・・が、ここで千葉がカメラを忘れてきたことが発覚。天下の俺様も、とうとうミスをするようになったらしい。

写真撮影はまた後日とし、再び国道に戻り、間物集落にある神社を訪れた。ここは間物集落の発祥となったという男根信仰の神社である。
境内の説明板によると、この地まで落ち延びてきた平将門の妻とその下僕が、この地で契りを結んだとのこと。なんでも将門の妻が蕗の葉を股間にあてて、「そなたの"男のもの"でこの蕗の葉を矢のごとく突き破って!」と誘ったらしい。あまりに過激な誘い文句に黒田は大喜び。渡辺を下僕役に、宮野原を妻役にして再現ドラマを作成することが決定した。
ちなみにご神体は「オンマラサマ(御マラ様)」。黒田はこの歳になって初めてその言葉の意味を知ったのであった。

10:30、地主宅「木古里」到着。東京から藤原さん夫妻もいらっしゃっていた。
千葉が孫娘・野々香に恐竜が卵から飛び出すかわいいおもちゃをプレゼントしたのだが、反応はいま一つ・・・。もっと玄人好みのシブい物にしたほうが喜ばれたかも。
店では藤原さんらと新じゃがなどをご馳走になり、早くもおなかいっぱい、ダレ気味になってしまう。

12:00、重い腰を上げて立処山登山開始。黒田は一昨日まで熱があったとかで、開始早々にバテ気味。登山道に1人でへたり込み、セキ込んでいる姿は姨捨山を彷彿とさせる光景であった。

12:30、西尾根到着。
昼食後、3人バラけて立処山南面の山狩りを行う。しかし見渡す限り植林ばかりで、とても洞穴があるような雰囲気ではない。結局「立処山南腹の穴」は見つからずじまい。「立処鍾乳洞」へと引き返す。

15:00、「立処鍾乳洞」到着。温度計と蚊取り線香を使って洞内気象の測定を行う。体制は温度計村野・線香黒田・記録千葉。
まずは洞口の気温を測定するが、温度計の数値が下がり続けていく。しかもとてもゆっくりなのである。まぁ果報は寝て待てだ。昼寝をしながら待つことにする。結局、落ち着くまでに1時間ほどかかった(洞外21.2℃、洞口8.2℃)。
千葉と黒田が先に入洞して風向、風力を測定し、村野が後から気温を測定しながら追っていく。気温の測定は、時間がかかるわりに変動が少ないので、最初のうちは少し暇かも、と思っていたのだが、奥に行くにしたがって場所によって気温の高低があることが分かり(7.4℃〜8.2℃、最奥部8.8℃)、興味が湧いてきた。
支洞「第2枝穴」の最奥部付近で気流の発生している場所があった。この先に新空間でもあるのだろうか。
「第3枝穴」奥のリムプールは水が涸れていることが多いが、今は梅雨時のためか、水がたまっていた。
また、主洞最奥のプールは、かなり巨大化しており、見ごたえがあった。このすばらしい光景を是非ともカメラに収めたい・・・が、カメラがない。
最後に「第3枝穴」の分岐点で気温測定を行う。3人で古今東西山手線ゲームをやって時間つぶし。ゲーム中に黒田は蚊取り線香をヘルメットの上に載せて、「タケコプター」といっていたが、どちらかというと「頭の悪い天使」といった方が適切な気がした。山手線ゲーム1ラウンド目は村野が惨敗。

17:30、2ラウンド目を続けながら出洞。タイムリミットがないので延々と続く・・・

18:00、ゲームを続けながら下山。しかし村野がまたまた敗北してしまい、みんなの夕食代の一部を負担する羽目になった。駐車場から見上げる叶山は夕日に映えて美しかった。このすばらしい光景を是非ともカメラに収めた
い・・・が、カメラがない。

19:00、地主宅「木古里」にて夕食。その後、小鹿荘にて入泉。

22:00、解散となった。


今回の活動により立処山南面の石灰岩帯の山狩りは、ほぼ全域で実施されたことになる。結局「立処山南腹の穴」と思しき洞穴は見つからなかったが、今までに我々が測量した洞穴のどれかなのかも知れない。「立処鍾乳洞」の洞内気象測定は、今後も定期的に行っていきたい。(文責 村野哲雄)

「活動報告」に戻る
 次の「個別活動報告」へ進む TOPへ戻る

2004 Copyright(C) 地底旅団ROVER元老院
cavers_rover_in_tokyo@yahoo.co.jp