タイトル 地底旅団ROVER元老院第123回CAVING
サブタイトル 奥多野かんな姫計劃・第18次神流町立処山洞穴調査
奥多野かんな姫計劃・第7次神流町叶山麓洞穴調査
分 類 調査ケイビング
入洞洞穴 目玉穴、立処魚穴、抜け穴(登り穴)、仏穴第11洞、[仮]かぶり岩洞穴
日 程 2004年2月21日(土)〜22日(日)
参加者 千葉、宮野原、村野て、黒田 以上4名
古鉄橋付近「奥多野かんな姫計劃」の一環として企画された。
立処山は1980年に「明治大学地底研究部」によって洞穴探査及び測量がなされているが、地主の話によると未報告の洞穴が多数あるようなので洞穴探査・測量を行うことにした。
今回は「仏穴第11洞」「[仮]かぶり岩洞穴」測量、かぶり岩地上測量、「仏穴」のGPS測定、「目玉穴」「木古里岩紅葉穴」補足スケッチ、洞内生物採集(目玉穴、立処魚穴)および立処山東尾根地上測量を目的として企画された。1ヶ月連続調査第4弾である。


21日24:00、現地到着。

25:30、ブリーフィング後に消灯。


22日7:00、起床。晴天となり、暖かくなりそうである。

9:00、活動開始。2班体制での活動となる。


【仏岩班(千葉・黒田)】
9:10、車両にてヤノタワ林道終点を目指す。この林道は間物沢川から「かぶり岩」手前まで続く砂利道で、終点より185mは奧ノ反林道と名称が変わり、現時点では作業中=通行禁止となっている。これまで眺めたことのない立処山南面の景観を楽しみながら進むと、途中で叶山側に岩帯を確認する。基部まで行ってみると、フリークライマーのゲレンデのようである。軽く探索するが、すでに鉱区指定地である可能性もあるため、切り上げて先へ急ぐ。

9:40、ヤノタワ林道終点到着。装備を調え車両を残置、奧ノ反林道を徒歩で進む。

10:00、奧ノ反林道終点より活動を開始する。地上測量体制はコンパス千葉・メジャー黒田。まずは「かぶり岩」ピークへ基線を張り、稜線を出す。強い日差しのなかでのレーザー距離計使用にかなり手こずり、1時間かかって完了する。ピークからは神ヶ原集落や立処山−木古里岩−珍空岩が一望でき、報告書用として写真撮影を行う。また、「立処山班」が「目玉穴」活動しているのを視認する。

11:30、続いてかぶり岩基部沿いに地上測量、第5次神流町叶山麓洞穴調査において確認した「[仮]かぶり岩洞穴」までを行う。ここで昼食をとり、無線で「立処山班」の活動状況を確認する。どうやら未測部が見つかってしまったらしく、活動が遅れているようである。

12:30、「[仮]かぶり岩洞穴」測量を行う。体制はスケッチ黒田・コンパス&メジャー千葉。黒田は久々の測量活動であったが、「狭い、狭い」と言いながらも的確な作業である。地R元名物:牛歩測量で最奧まで進み、オビヤスデの熱烈交尾を楽しんでから測量を完了した。総延長25.5m、高低差3.9mであった。

15:00、無線で「立処山班」に指示を与えてから、急ぎ足で「仏岩」尾根まで地上測量を開始する。−40〜50度という急勾配ながら見通しがよく、順調に完了する。

16:00、「仏岩第11洞」測量を行う。体制は前洞同様。1時間で終え、総延長10.6m、高低差1.6mであった。

17:00、「仏岩」基部〜「かぶり岩」基部の地上測量を開始する。今度は+40〜50度勾配に苦労しながら基線を張るが、帰路は崖を登らなければならないということから17:30活動終了、林道まで戻った時点で「立処山班」にも活動終了を指示、下山した。


【立処山班(宮野原・村野)】
9:30、「目玉穴」に到着。宮野原はすぐ隣の「木古里岩紅葉穴」で補足スケッチを行ない、村野は「目玉穴」で生物採集を行なう。村野は吸虫管を使うのが初めてであったので、使い勝手が良く分からず、思いきり吸引してむせたり、知らぬ間にチューブの吸い口に泥が付着して一人で動揺したりしていた。

10:00、遅れて「目玉穴」に入ってきた宮野原と合流。2人で上層部に向かい、宮野原は補足スケッチ、村野は引き続き生物採集を行なった。上層部はグアノ臭が鼻をついたが、多くの生物が採集された。「目玉穴」ではトゲトビムシ、オビヤスデ、ホタルヤスデ、クモ類などが採集された。
また、宮野原が新たな支洞を発見。スケッチ宮野原・コンパス&メジャー村野の体制で測量する。距離5m程度のものであったが、狭い洞内でポケットコンパスを扱うのはかなり苦しかった(地上測量のみの予定であったため、ポケットコンパスしか持ち合わせてなかった)。

12:00、出洞。昼食を取る。宮野原との2人活動は初めてであり、少し暖かい陽気の中、何となくほのぼのとした時間が流れた。

12:30、「目玉穴」を出発。「立処魚穴」に向かう。

14:00、立処山東尾根を越え、「立処魚穴」に到着。宮野原は洞内補足スケッチをする。村野は生物採集を行なったが、クモ類が1匹採集されただけであった。

14:30、出洞。東尾根に戻り、東尾根稜線を地上測量を開始する。体制はコンパス村野・メジャー宮野原。一旦、尾根を少し下り、そこから再び立処山頂に向けて基線を張っていく。稜線上は木々が茂り、エスロンテープが枝に引っ掛かる。改めてレーザー測定器の有り難さを実感した。

17:00、立処山頂到着。次は山頂から「立処8之字穴」へ続く岩帯の基部の測量である。
立処山頂を西に下った鞍部から測量を開始するも、基線を3本張ったところで遂に日没となり、18:00タイムアップ。暗くなった斜面を慎重に下る。

19:00、地主宅「木古里」に到着。


装備の撤収をしていると、地元の方が様子を見に来られた。どうやら薄暗くなり始めた17:30頃「かぶり岩」の基部を地上測量していた「仏岩班」のヘッドランプの光を複数の里人が目撃、心配されたようである。地元の方にご心配をおかけしてしまい、里山での活動には配慮が必要であることを痛感。今回の反省点となった。
「木古里」では地主・高橋さん夫妻、若旦那・祐紀さん、地主孫娘・野々香を交え、皆で乾杯。野々香はジュースで。ささやかであったが、温かくてほっとする瞬間であった。地主娘・明美さん、孫娘その2・春菜も加わり、歓談のひとときを過ごした。

21:00、「木古里」を出発。

23:30、解散となった。


今活動において、所在が確認されている立処山・叶山西麓の洞穴測量は全て終了した。また地上測量も重要な部分は完了した。
振り返れば、未測量洞と勘違いして「ちゃんから穴」測量を始め、他にも複数洞穴があるということから立処山の新洞探査を開始。すでに測図がある洞穴も縦断面図がなかったり、未測部分があることから再測量することにしてしまった。その間に絵巻「田戸呂山之記」を確認、解読を進めたところ、立処西尾根にも洞穴があるという記述が見つかり、西尾根方面新洞探査にも手を伸ばす。また、間物沢川対岸として見て見ぬ振りしていた「仏岩」洞穴群であるが、複数の里人から「知っているか?」「行者が住んでいたことがあるんだぞ」と言われ、引っ込みがつかなくなって「仏岩」「かぶり岩」も調査区域に組まれることとなった。
当初は不慣れであった測量も定期的に行うことによりほぼ全員が要領を理解、SRTも満足にできなかったのに人工登攀までできるようになった。洞内生物も意識するようになった。目的を持った活動はケイバーを育てるものであると実感する。
今後は報告書発行へ尽力し、現地活動としては写真撮影、ヒアリングなどの補足活動となる予定である。(文責 村野哲雄・千葉伸幸)
かぶり岩 神ヶ原地区 [仮]かぶり岩洞穴
かぶり岩ピークでの地上測量 眼下の神ヶ原地区 [仮]かぶり岩洞穴、第1洞口

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